大須演芸場に行って


11月に大須演芸場に行ってきた。大須についてまずは観音様におまいり。これは外せない。通りかかるたびにお参りしている。来年は何回お参りにいくのだろう。開演までゆとりをもって出たのに、けっこうぎりきり。いつものことです。



いやあ、まあいいねぇ。テレビだとかラジオだとかいろいろあるけど、落語やらをじっくり聞く時間すらない。いつもなにしてんのって感じなんすけど。

東京と大阪のまん中にあるから、両方の笑いが楽しめる。出演された方がいってた。その脇を固めるかのように名古屋の地元で発展していった笑いも楽しめる。落語で「時きしめん」なる演目もあった。あっ書きながらお腹が減ってきたのは内緒ね。

関西の方に行くと、あの語りはえーなとかいつもいつも思う。今はラジコのエリアフリーという便利なものがあって寝ていても関西のラジオが聞けたり。ここ説明するの難しい。

でもね当然なんだけど、名古屋には名古屋の文化があって、それはそれでおもしろくて。

自分がラジオを聞き始めた頃夜の時間をやっていた人が今でもラジオで話されている。時間とか局とかは変わってしまったわけであるが。それがとてもうれしい。

この年末はいつもよりたくさん演芸を楽しみたい。さて、どーなりますか。


動かない旅

1か月あいてしまいました。ネタはあったんですが…。その時その時で書けるネタ・アウトプットできるネタはゆったりと変わってきますね。

番組の存在は知っていたのですが、ここ1か月で聞き始めてはまりつつあるラジオ番組があります。"antenna* TRAVELLING WITHOUT MOVING "です。パーソナリティーの野村訓市さんの豊富な旅の経験からの考察や、リスナーからの旅の思い出とその時聞いていた音楽をリクエストとして流す構成です。

あちらこちら歩いて乗って・・・。そうするとその時々で聞きたくなる曲がかわってくるなと回数を重ねるたび思います。今はiphoneなんていうおもちゃがあってその中に音楽も入れれる。国内だと聞きたくなったときにyoutbeなんかの検索窓に思ったままの言葉を入れるとそれらしい音楽が聴ける。ところがだ、海外行くとローミングを契約していない限り、どこでもネットというわけにはいかない。一応旅先でききたくなるであろう曲もiphoneにパッキングしていくわけであるが、意図しないときに意図しない曲が浮かぶ。だから、ローミング契約すればいいじゃんとかなるが、そのくらいの不自由さは楽しもうよという感じ。(ここ不安・・・)まあ携帯ラジオもってけば地元のラジオは楽しめるわけで。

"antenna* TRAVELLING WITHOUT MOVING

自分がリアルでしたいことの1つが番組になっているのかなと。相手が旅をしたら、自分が印象に残ったところとそこでのどんなことを考えたかとその時思い浮かんだ曲が聴けたら、なんとなく自分の中に相手が何を考えているとかが、すとんと落ちるような気がする。よくばりですね。この番組ではそれをくるんでくれている気がする。

さあ、また動くとする。

antenna* TRAVELLING WITHOUT MOVING  タイムフリーで1週間聞けるけど、お好きな時間でどうぞ。
EVERY SUNDAY
NOTHWAVE(札幌) 21:00-21:54
J-WAVE(東京)・ZIPFM(名古屋) 20:00-21:54
FM802(大阪) 24:00-24:54
CROSSFM(福岡) 23:00-23:54


大阪珍道中

思いたち、大阪に行ってきた。ハルカスに行く以外はノープラン。少しずつ調べて行きは近鉄特急・帰りは新幹線を使うことにした。

忘れ物

近鉄特急には無事乗れたのだが、入れたはずのイヤホンがない。近鉄でスマホでラジコを聞こうとわくわくしていたのだが・・・。慌てた、終始挙動不審。自分の姿を思い出したくない。もう情けない。やっと落ち着いたところで、もう下車準備。上本町で下車。

上本町でも、一騒動。まあかかないけど。疲れた。先が思いやられる。自分を責める。でも大阪についた。ハルカスに向かわねば。ハルカスに登る前に“ミックスジュース”というものを飲みたくなった。食べログのアプリで調べて店がある場所に行くもそれらしき店がない。聞いてみると閉店したらしい。地下一階で飲んでみる。甘さに癒やされる。満足。

いざハルカスへ!


ハルカスから北方向

 

墓地を撮影


上本町ついてからずいぶんたったが、今回のメインあべのハルカスに登る。受付を済ませてエレベーターをに乗っておりた。大阪の北側が一望できた。あっちが京都でこっちが大阪駅で神戸はそっちで。なんとなく位置関係がわかる。あの空き地はなんだろうと地図で確認したら、墓地である。一周して下に降りる。吹き抜けで弁当とかをのめるスペースだった。


おりて、昼。今回もカレー。大阪くるとカレーばっかり食べてる。昼からはFMCOCOLOのある南森町へ。行ったらすぐ終わりそうなので調べてみると、天満商店街という日本一長いアーケードと大阪天満宮があるらしい。

南森町へ移動。降りるかまよったが乗り換えて天満橋筋六丁目まで。関西テレビのビルをみてすぐアーケードへ。シャッター街かと思ったら違った。いろんな人が歩いてありとあらゆるお店がある。ドトールは2回みた。たこ焼きにそそられるが、なんとなく・・・。イヤホン買って、コーヒーショップはいって。

南森町にもどった。FM802とFMCOCOLOが入るビルに入ってみる。毎日毎日きいているFMがここから発せられているとおもうと、感慨深い。タダのオフィスビル。警備員に白い目で見られていると思うので、ここは退散。でて地図をみる。大阪天満宮が近そうだ。せっかくならよってくか。
境内は広く鳥居があちらこちらにある。本殿らしきところでお参り。



神社を出ると寄席をやるところ。時間が合えば見たかったのだが・・・。たこ焼き屋もスルー。大阪の市バスで大阪駅へ出る。初めて乗るからシステムがわからない。後ろ乗り前降りなのね。


グランフロント大阪か?

2011年12月撮影

2015年3月撮影 グランフロント大阪?


大阪駅につくが、ついた場所がわからない。勘を頼りに北口に行ってみる。なんとか北口に到着。エスカレーターの乗り方はなれた。だけど体は名古屋式に慣れているから、ベルトを手にするまでが怖い。それがトラウマになっていた。とはいえ、エスカレーターに乗って大阪駅の北ビルの一番上を目指す。前回大阪ステーションツアーに参加した時、一番上まで案内されず気になっていた。【これより、ハイキングコースです。この先にはお手洗い・自販機がありません。充分な水分補給に気をつけてください。】階段の下にはそう書かれてあった。これは相当覚悟せねばならない。階段を上ってみる。100段弱くらいか。屋上には、屋上庭園あった。花がきれいに手入れされてる。なんということはなかった。


後は帰るだけ。きっぷを買ってホームについて、おみやげを買い忘れたことに気がつく。売店をちらりとみるが、めぼしいものはない。新大阪で新幹線に乗換える通路で土産物屋を発見。あれこれ悩んでおみやげ購入。ホームをひたすら歩いて新幹線に乗る。自由席だがなんとか座れた。商店街で買ったイヤホンで、radikoを楽しむ。選曲に悩んだがABCラジオをきくことに。やっぱり大阪のやりとりはきいてて面白い。


知り合いの「ハルカス行ってます。満足です。」に触発されて決めた大阪行き。なかなかよかった。また2年後ぐらいかな。どんどん大阪のコアなところに行きたくなっている今日このごろです。


2014 鎌倉・江ノ島2日目

鎌倉・江ノ島2日目です。

おはようございます。朝モスです

ホテルの中にやたらと店が多かったんですよ。不動産屋・モスバーガー・サイゼリアなどなど・・・。その中でモスバーガーを選びました。モーニングセットがあってなんかよかったです。

江ノ島行くで

海風もなく、寒くなく橋をわたって江ノ島に。「エスカー」というエスカレーターにのってまずは江島神社(えのしまじんじゃ)辺津宮(へつみや)にお参り。奥に進むとこんな景色が。

ちょっとした庭園が、その中に「日本唯一のフレンチトースト専門店」が、そそられるけど今食べたら「生しらす丼が食べれなくなる。」必死に素通り。

江ノ島シーキャンドル。2002年に江ノ島電鉄100周年記念で立てた灯台。鎌倉・藤沢・湘南と見えるが、位置関係がいまいちつかみにくい。富士山は見えたけど霞んでいた。

やっと開けた。浜辺だ。浜辺だ。岩屋巡り。洞窟。句碑。石仏。浦島太郎。ひーこら歩いてきたかいがありました。岩屋巡りのあとは生しらす丼。しらすがこんなにおいしいとは思わなかった。絶景を前に夢中に食らう。あっという間にごちそうさま。



岩屋めぐりをしました。今から遅い昼からです

帰りに「福石」に立ち寄る。江ノ島にこもり断食をしていた杉山和一さんが満願した日に倒れてしまい、夢から覚めた日に手にしたた竹から新たなはりの技法を思いついた。それを偲んだ石碑だった。

仲見世で食べあるきをしてたら、4時。一刻もはやく湘南に行きたい。ここで諦めたら、ここにきた意味がなくなる。タクシーを捕まえるも、「電車で行ったほうが早い。」とのことだった。数年前この地域に行って「道が混む!」ことをすっかり忘れていた。結局江ノ電の最寄りまで行ってもらったのだが、タクシーの運転手さんといろいろ話をした。天候の事・台風のこと・・・。本当にこういうのって楽しいしありがたいなと。聞きにくい声なのに、気持ちを察してくれていろいろ教えてくれた。

江ノ電に乗り、再び鎌倉へ。鎌倉で逗子マリーナ行きを待つ時にはどっぷり日もくれていた。待ちきれずアプリで湘南ビーチFMを聴き始める。いつもの竹下由起さんの声。たまたま見つけた湘南ビーチFM。つけるといつもいつもいい音楽(AOR プログレ・・・)が流れている。その中の“SHOUNAN BREEZE”はほぼ毎週聞いている。知らない曲がほとんどだが聞いていて気持ちがいい。ツイッターでもいろいろやりとりをさせてもらっている。本当は3時頃から行くはずだったのに。放送時間は日曜お昼12時から6時 6時が迫っている。

まにあうのか #beachfm

逗子マリーナについた。ヨットハーバーだ。フロントの人に声をかけてスタジオに案内してもらう。由起さんがしゃべっていらっしゃる。ラスト1曲に間に合うか間に合わないかのタイミングだった。キマグレンの生放送待ちの女子に圧倒される。あと数分の“SHOUNAN BREEZE”を見守る。放送が終わり、スタジオを急いで出る由起さんに驚く。やっと言葉がかわせた。想像通りの方だった。あいさつをしてバスに乗る。滞在10分のことだった。

あとは、帰るだけ。鎌倉から横浜へ。電車の混み方が半端ない。横浜から新横浜へ。微妙に長い。旅を振り返ったり・・・。

新幹線に乗る。BGMはFM802のSUPER J-HITS RADIO。ツイッターをみたりFBみたり。浜松を超えたあたりでFBにもうすぐ帰名すると書き込んだ。金山でラーメン食べてお開き。

あっという間の二日間だった。帰宅直後FBにも書いたのだが、首都圏の人の多さには驚いた。なにより、ずっと行きたかった湘南アリーナにもいけよかった。またいつか。また日曜日に。


チャリティー・ミュージックソン2014

終わってしまった。24時間は長いようで短い。ニッポン放送発で全国のラジオ局で自主実施されている「ラジオ・チャリティー・ミュージックソン」が終わって2時間が経った。いろいろなことを思い出したので今こうしてブログに残そうとしている。

第40回目の「ラジオ・チャリティー・ミュージックソン」

そもそもミュージックソンって何と言われる方も多いと思う。視覚に障害のある人でも安心して外出できるように、全国にある信号機を音声信号機にしようという目的のもとでニッポン放送が40年前から始めた企画だ。今年は全国各地11局で放送された。今年のニッポン放送のパーソナリティは上戸彩さんと上柳昌彦アナウンサー。視覚に障害がある人に関するエピソードを上戸さんが朗読しそのエピソードにあう音楽をアーチストが生で歌う形式で24時間つないだ。

2006年も、上戸彩さんと上柳アナのコンビで24時間放送された。あの時の記憶も昨日のように覚えている。あれから9年もたったのですね。

自分とチャリティーミュージックソン

2006年の放送は、よく覚えている。名古屋に住んでいるのだが、毎年毎年2chなどあの手この手を使いながら、ミュージックソンを追っていた。ニッポン放送がネット配信でやっていた時代、ネットでは別編成で「デジタル・ラジオ・ミュージックソン」とかやっていたのも覚えている。radikoプレミアムが今年できて初めてこそこそしないで「チャリティー・ミュージックソン」が聞けるようになった。

さっき流れた内田有紀さんのオープニング覚えているな 家族と伊豆に行ってその帰り帰るまでずっと雑音といたちごっこできいてたな

まだ自分がラジオを聞き始めた頃、この時期に家族で伊豆に行ってた。放送で「チャリティー・ミュージックソン」を知り伊豆からずっと名古屋に帰るまでずっときいていたというのが自分とチャリティー・ミュージックソンとの出会いだった。

時は流れに流れた。「チャリティー・ミュージックソン」という言葉すら忘れていた時期もあったかも知れない。毎年毎年ニッポン放送のページに行ってパーソナリティの名前を確認しては終わりの年もあったはず。大学に入ったら、全盲のヨッシーがいた。いつも一緒に自分の至らぬとこをフォローしてくれた。そんなことがあって同時にインターネットの常時接続が当たり前になってきて名古屋にいながら「チャリティー・ミュージックソン」の放送を聞くようになった。

24時間ずっと、パーソナリティがマイクの前でしゃべっている。昔話だったり視覚障害者が置かれている環境だったり。時にたのしく笑って、時にしんみりしたり。あんなことを思い出したり、こんなことを思い出したり、自分の中でもいろいろなことを思い出せた今回の放送だった。中身のないエントリーになってしまった。伝え手、聞き手はある。それ以上にを1日なりパーソナリティ発表から募金募集終了までの3ヶ月で何か1つのものをみんなで共有していくものなんだと今回感じた。今回は、「声かけ」だった。

来年も、平和で元気に楽しく聞けますように。