"バスだけで"亀山→伊勢中川

おはようございます。今日バスだけで賢島へのシリーズ第三弾です。前回亀山まで行ったのでまず亀山まで電車で向かいます。

そうです。行ってきたんです。前々回の模様
前回は行ったのですが、ブログ更新してませんでした。亀山駅まで行ってました。

関西線なんとか座れました
ああやらかした マナカで入場してしまた。四日市までなのに

名古屋から関西線で亀山に。改札でmanacaが使えるのは、四日市までということに気がついたのは亀山に着く直前。改札でその旨を伝え、出札。

道中日光でものすごく暑く、とりあえず駅前の喫茶店へ。喫茶店をでると小雨まじりの天候。次のバスまで時間はわずかだか、亀山城址に向かうも途中で時間切れ。亀山駅に帰る。

椋本というとこまで 小雨が 大杉があるとか

前日の天気は、晴れであったかい。どこがそうなのという天気。あっここ名古屋ちゃう。天気に学生時代を思い出す。

杉ではなく大ムクらしいです

なにも考えずにツイートしてしまいました。少し小さめのバスで森を越え。大椋につき、スマホの地図を頼りに“椋本の大ムク”へ。

えっここ?とても太い木。樹齢1500年以上らしい。その後ろに広がる風景ー田畑と山 


こういう風景が好きだ。構図を考え撮影。

再び、バスに乗る。少しずつ開けてくる。空は明るかったり、薄暗かったり。流れる風景を楽しみたいのだが、スマホの充電やらいろいろやっているととあっという間に津駅に。


とりあえずおりて、近鉄の窓口でマナカの退場処理をしてもらう。バスで三重会館へ。いろんな支社が集まっているとこらしい。


ここで昼休憩。津といえば天むす発祥の地。発祥の店を探すとすぐに見つかった。千寿さん。もともと天ぷら屋だったのだが、まかない飯として天むすを出したことが発祥らしい。




お腹も膨れたところで散策。津城址へ。戦国時代に築城したものの寛文2年(1662年)に大火にあいその後再建されずに今に至るという。日本庭園を横切って赤い門が見えた。近づくと昔ここに藩校があり、廃校になったのち師範学校などがあったこと。戦火を免れ、残った「入徳門」だった。



春はもうそこ

春はもうそこ


30分強歩いただろうか、お茶を買い、少しベンチで休む。次のバスの時間が近づいている。


動く

ひさしぶりにお茶を現金で買ったような気がする。小銭が溜まってきた。スーパーで食料品とかを買いだすとまた違ってくると思うがコンビニとかでもマナカを使うから小銭管理能力が落ちていることは確からしい。かといって実際のレジで後ろに人がいると申し訳ない気がするし。ただ便利になるだけがいいことなのだろうか。そんなことを考えていたら、松阪市に入っていた。津の街街した風景から田畑や路面店がぽつぽつある風景へ。

バスを降り、近くに神社があるというので行ってみた。行ってみたが、社殿にはシャッターが・・・。残り時間はたっぷりあるが、次のバスがくるであろうバス停へ。

松坂市に入ってきました。畑ばかりです あと近くにココイチがあるのでその匂いをかぎなからあと5分バス待ちですね。

ココイチの匂いはすごい。ぼぉーとしていたら、ワゴン車がきてドアを開けてくれていた。細い道を迷うことなく右へ、左へ。途中、北海道の名付け親松浦武四郎さんの記念館があった。機会があったら行ってみたい。


駅入口

伊勢中川駅で今回は時間切れ。


近鉄で名古屋まで。どこまでも続く田畑の風景にこれまで行ったことのあるところとは違う感じを感じる。大草原の小さな家ではないが、はての見えない風景が自分が住んでいるところの近くにあるってことに驚いた。バスで松阪市に入った時もそんな風景だった。東海3県といつも聞くが、地域地域で風景も多分そこからくる雰囲気みたいなのも違うのだろう。いろいろなところに行くことでそういうことも味わえたらと思う。

参考
toppy.net
いちご大福と天むすを生んだ街 津・だいたて
wikipedia 
津城


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