赤い電車

名鉄瀬戸線でもう“赤い電車”が走らなくなるらしい。本線ではまだ走るらしいが。ネットとかラジオでそんなことを見たり聞いたりした。

調べてみるともう1編成しか走っていないとのこと。運行時間は当日の朝大曽根駅に電話してとのこと。まあ電話しなくてもなんとかなるだろうと大曽根駅にいってみた。聞くと15分後に栄ゆきとしてくるとのこと。

乗る前

赤い電車が終わるんだったら、シルバーの電車ばっかしになる。せっかくだ。撮ろう。




乗った後


大曽根を出て栄に向かって走る。初めて一人で栄に出た時も赤い電車に乗った。流れる風景にわっと思い出した。毎週聞いていた夜のローカルラジオ番組で話している人が今はなき日産ギャラリーでしゃべっている。見に行きたい。意を決して初めて栄に名鉄瀬戸線でいった。あれから15年。そんなに経つんか・・・。あっという間に地下に潜る。

平日昼間なのに、老若男女が車体をとる。駅の用務員も混じって。



折り返し

普段電車にのるときは、ポケットラジオを聞くがなんか気がのらない。視線はいつものケータイに。いつものように自分にしかわからないツイートをする。

瀬戸

アピタ瀬戸店で記念の写真展をやっているそうでいってみた。(4/13まで 2階)



帰り


3月最後の金曜日の瀬戸電。部活・サークル帰りと思われる学生・サラリーマンさんそれと赤い電車を偲んで乗っている人たち。年度末という感じ満載だった。聞こえてくるラジオからも年度末がらみのニュース。ツイッターをチェックしているとあっという間に尾張旭・大曽根を越え栄についた。

ついた後

1回目の折り返しよりも撮影業者はおおい。
ありがとう 赤い電車

君住む街へひとっ飛び
赤い電車でひとっ飛び
(赤い電車 - くるり より)

桃源郷  愛岐トンネル群

ライブがおわって昔国語で出てきた「桃源郷」という言葉を思い出した。理想郷・ユートビア・・・・どうやら中国の古典らしい。

前々から気になっていた「愛岐トンネル群」に行ってきた。



1900(明治33)年、中央線の名古屋・多治見間が開通し以後1966(昭和41)年に廃線。2005年(平成17)年勝川駅高架化で赤レンガを再生しようという動きがあり、2008(平成20)年から春と秋の2回一般公開が始まる。
(パンフ抜粋)

高校生の時、聞きかじるように聞いていたドリアン助川さんのラジオ。そのドリアンさんが愛岐トンネル群でライブをやるとのことで居ても立ってもいられなかった。

定光寺駅で降り、急で狭い階段を登り受付を済まし、石ころ道を進む。ただ1歩先を歩くので一生懸命。自分にとってはハイキング以上登山未満。まさに生きるのに一生懸命。

30分強はあるいただろうか。ようやくライブの受付会場についた。ああ疲れた。受付の人にすかさず「椅子ありますよね?」と。「あります」の言葉に安心。

またトンネルに入る。あともう少し。言い聞かす。

朗読ライブ

前半は、ドリアンさんが90年代にカンボジアに取材に入った時目にした光景を、後半は去年放射線線量計をもって奥の細道の足跡を旅した模様を。いづれもトンネルに写真を映しだして、淡々と。激しく。ゲンバに行ったドリアンさんのフィルターを通して。

90年代

記憶はある。音楽を聞くとたまらない。でも社会で何があったかの記憶はあいまいというか上の空。その時代にPKO をめぐり国会が揺れていたこともよくわからない。ましてやカンボジアの現場のことなんかもっと知らない。知らないことばかり。

原発・被災地

これも全然わからない。原発の様子。福島の様子。被災地の様子。それとは別に放射線量計が教えてくれる放射線量の値の深刻さ。そもそも放射能の恐ろしさをわかっていない。

ライブがおわって昔国語で出てきた「桃源郷」という言葉を思い出した。考えてみれば長年行ってみたかった場所。そこでこれまた気になることを聞いてしまった。それはいつも会場のトンネルにあるのではないと言うこと。まさに「桃源郷」という言葉の他に当てはまる言葉は自分の辞書にはなかった。

会場をでて澄んだ景色で飲んだコーヒーの普段とは違う味をしばらく忘れないようにしよう。