”Life is Music”を聞いて思い出したこと

Radio-iの閉局まであと一週間をきってしまいました。閉局に対する思いや思い出話はのちほど書きます。23日に放送された”Life is Music”を聞いて思い出したことをかきたいと思います。

自分自身、閉局一週間ということでツイッターのタイムラインをみながらひとりこんなことをつぶやいていました。

明日の朝からネットの番組表に(終)がならぶのか・・・ #radioi
あと一週間 事の重大さっていつ認識できるの 自分自身の問題ではないけど、空気的な問題 #radioi
なにをどう願いながらきいていけばいいんだろう #radioi
話すネタないのに話したい気分

もう何が何だか自分でもわからなくなってとにかく寂しくて仕方なかった気がします。カテゴリごとの時間分け・DJの方々の気さくなトーク・・・radio-iを聞いていたからこそ知れた音楽の奥深さ・・・全部なくなるという事を考えたとき、どこかでだれかとなにかを共有したい一心でつぶやきました。

一夜明けて、時間をおうごとに寂しくなりました。

きこえる曲曲に送り手の意図を感じてしまう#radioi

あれやこれやしていて、いよいよ”Life is Music”の開始時間になりました。タイトルと放送時間をきいて、radio-iが厳選した曲をフルコーラスでかけるのかなと思っていたところ、ふたを開けたところradio-iから流れた楽曲が次々にながれてきました。1分程度で曲が変わる場面もありました。

厳選された曲をフルコーラスでかけるのかと思ったらとにかくiリスナーが聞きたいと思う曲を全部流しますよ作戦か さすがやな その心意気すきだぜ! #radioi

終わった頃には、聞いていただけの自分自身もへとへとでしばらく何もやる気が起こりませんでした。
それはたぶん

人間は自分でだせる早さ(走る)以上の速さで移動したとき体内のなんとかという働きで疲労感を感じる

みたいなことをAZUSAさんが前トークされていたのでそういうことと繋がっているのかなと思いました。

じゃあなんで"Life is Music"?

自分自身はもっとまったりしたものを"Life is Music"に求めていました。なんで激しくめまぐるしく変わるような構成にradio-iはしたのでしょうか。

きっと構成を担当された方は、「radio-iがなくなる悲しさをとてもたくさんの音楽でまぎらわそうよ。」「大切な事は”音楽を(楽しんで)聴く姿勢を持ち続けること”じゃないのかい?」とリスナーに訴えたかったのではないかと思います。

このことに気がつき、ふと数年前の自分を思い出しました。限られた時間の中でやたらめったらもがき続けていたような気がします。周りの人も巻き込みながら・・・。でもあるときから「前を向いて歩く」事が意識できるようになりました。ひさしぶりに思い出した「”どんなときでも”前を向いて歩く 歩こう」という感覚は今の自分にとって新鮮でした。

閉局は、「最終回」でも「担当時間の変更」でもありません。だから僕自身もとても残念です。とてもあたふたしてます。また書くつもりです。


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